まちじゅうみんなで「コト体験」

ぐんまHHC

ぐんまHHCは
地域のみなさまと「自立した健康」
について共に学ぶコミュニティ・カレッジです。

様々な事情により「生きづらさ」
を抱えた方達が、医療に頼るだけでなく、
自分自身と向き合い、社会と関わりながら
「学ぶことで健康になる」ことを目的に、
ワークショップやセミナー、講演会を行なっています。

私たちは医療の枠組みを超え
教育や福祉、行政セクターと連携し、
地域の皆さんが心も身体も人間的にも
健康になれるような社会を目指しています。

NPO法人 ぐんまHolistic Health College 代表
さやかクリニック院長
関根 沙耶花

そらのほし農園

そらのほし農園 は、群馬県太田市の住宅地の中にある農園です。

無農薬・無化学肥料でお米や季節の野菜、果物、その加工品などを生産しています。

過去、現在、未来、心を大切にするという基本方針のもと、稲の手植え、手刈り、天日干しをはじめ手作業を尊重し、地域との交流を重視し、シンプルな農的暮らしを提案しています。

園主:星野雅範(夢:老農になること)

そらじいにインタビュー

今このヒト!
そらのほし農園では以下のポリシーに基づいて、農の道を歩んでいます。
1.心を込めること
2.持続可能性・食の安全に配慮すること(未来)
3.地域密着・地域還元を心がけること(現在)
4.地域の伝統文化の継承を大切にすること(過去)

星野さん

そらのほし農園代表

星野 雅範(ほしの・まさのり)さん

1981年8月10日生まれ

趣味:
獅子舞、自給自足、お年寄りの昔の話を聞く、庭木の剪定、ベンガル語学習、黒松の古木を鑑賞すること

座右の銘:
足るを知る

まちじゅうみんなでコト体験スタート 特別企画

「稲刈りコト体験」「餅つきコト体験」講師
太田市のお百姓さん「そらじい」こと
「星野雅範(まさのり)」氏にお話を伺いました。

*そのユニークなお人柄ゆえ、
「そらじいのことをもっと知りたい!」と
街のあちこちから推薦の声が上がり、
出来上がった特別企画です。

星野さん

星野家の跡取りとして

−−− そらじい こんにちは!
よろしくお願いします!
まずは「そらじい」誕生のルーツをお聞かせください!

そらじい)はい。よろしくお願いします。
私はS56年、群馬県太田市新井町の星野家6代目跡取りとして生まれました。

農業をしていた4代目延夫じいちゃんと、おキクばあちゃんと一緒に田畑で色んな体験をして育ったんです。

畑で摘んだイチゴをばあちゃんがグツグツ煮てジャムにしてくれたこと。

初夏になると、稲の苗箱の上に柿の花が落ちていた様子、またゲロゲロと鳴く蛙の声。
お盆やお彼岸にはご先祖様を身近に感じながらぼた餅を握ったことなど。
今でも鮮明に覚えていますね。

−−− まるで「日本昔ばなし」のような情景が目に浮かびますね。
ご先祖様を身近に感じていた、ということですが、そらじいが最もリスペクトされている、ご先祖様って
いらっしゃいますか?

なんといっても星野家初代「音次郎」じいさんです。
大工を生業としており、今に残る明治15年築の星野家の母屋やお稲荷様を「夜なべ」「朝夜なべ」をして建てられた偉大なご先祖様です。

−−− 「夜なべ」「朝夜なべ」とは!?

昼間の大工仕事が終わった後とか、隙間時間でコツコツ作業していたんだそうです。
それが夜が明ける前の3時〜4時までとか。
そういう時間まで(仕事することを)「朝夜なべ」と理解しています。

母屋

お稲荷さん

音次郎じいさんは「村中の家が潰れもこの家は大丈夫だ」と
豪語していたそうです。母屋のケヤキ大黒柱は
未だ健在。星野家の佇まいは堂々としていて、
安心安全であることが当たり前の良き時代の象徴です。

それから庭園の中心に植えられている、代々の星野家の人々がこよなく愛したた通称「音次郎松」も音次郎じいさんのお手植えで、樹齢約150年です。
「俺が死んでもこの松は枯らすな!」が遺言で、私としても命と同じくらい大切に思っています。

音次郎松

音次郎松2

音次郎松3

−−− 本当に大迫力ですね。音次郎さんをはじめ、ご先祖様たちの魂が宿っているかのようです。
「そらじい、今日も頑張るんベー!」という激励の声が今にも聞こえてきそう。

故郷太田を離れてみて

−−− 青春時代はどんな風に過ごしていましたか?

地元の太田高校を卒業後、1年間浪人して東京で過ごしました。

この時期に少しショックな体験をしまして。それまでずっと当たり前に使っていた
「上州弁」(*太田のみなさんお馴染みの「べえ」とか「だんべ」言葉です)を友人に指摘されたんです。1年間は上州弁を一切喋れなくなりました。本当にコンプレックスになってしまって。

−−− えー?!それは大ショック!
でもこのトラウマが原動力になって、後に上州弁の本を出版することになるのでしょうね。

それからは、普通に東京理科大学基礎工学部生物工学科へ進学しました。
この学部は一年次は北海道で寮生活をするという
カリキュラムだったので、そこで面白い自然体験をたくさん経験しました。
乗馬部として馬に触れたり、大草原に寝転んで星いっぱいの夜空を眺めるのが日課でした。そのまま眠ってしまい、目が覚めたら2匹の狐にぐるぐる囲まれていたり(笑)。
本当に良い経験をさせていただきました。

−−− 貴重な体験でしたね!
太田とはまたスケールの違う大自然を感じていかがでしたか?

東京での経験も含め、学生時代に太田を離れて初めて「外側」から故郷を見ることができたというか。改めて太田での生活を振り返る良いきっかけになりました。

そして、やっぱり自分は「太田」なんだーと。
久しぶりに帰ってきて、田んぼの土の
匂いを嗅いで「やっぱりこれだあ」と(笑)

田んぼ

−−− 外に出たことでそらじいのルーツを改めて確認できたわけですね。
その時に「農業」をやることを決めたのですか?

この時には何となく自分は「農」の道に進むことをわかっていたというか、疑いはなかったです。
H17年に卒業してコミュニティビジネスを応援したいと思い、地元金融機関へ就職しましたが、9ヶ月で退職しました。

この年には自分に農業を教えてくれた、4代目、延夫じいちゃんがなくなり、もっと地域に密着した仕事がしたいという気持ちが強くなってきました。

−−− そうだったんですね。そして退職後は?

学童保育員のアルバイトをしながら田畑を耕したり、ボランディア活動なんかもしてました。
学童保育では約8年間、指導員の先輩に色々ご指導頂きました。
子供達相手に「昔語り」や「自然遊び」など自由にチャレンジさせてもらったことがとても良い経験になっています。

あとは、バングラデシュによく通っていました!農村の伝統文化に魅せられ、これまでに合計6回、訪問しています。今後もできるだけ訪問したいです。

−−− そらじいは経験を通して、自分にとって必要な要素を感覚的に学び取れる天才だと思います!これは是非みんなで真似したいですね!

想いをカタチにしながら暮らす

多感な時期、星野青年は、経験を通して色々なインスピレーションを受けます。「星野家『トトロの森』化計画」」を始めたのもこの時期です。

金山からドングリの苗木を引っこ抜いてきて庭に植えたり、
美味しいビワの実をたくさん食べたい!という好奇心から種を撒いてみたりだとか。
庭にはそんな植物がいっぱい植わっていて、
今では屋根より高くぐんぐんと育っています。

ビワの木

庭

柿の木

H20年 初の著書
「ありがとう新井町見聞記〜100年後のふるさとへのおくりもの〜」
を自主出版されました。

ありがとう新井町見聞記

−−− そらじいの記念すべき初出版ですね!
このあたりの歴史が詳細に綴られてますが
この本はどのような思いで作られたのでしょうか?

元々、おキクばあちゃんや近所の大先輩たちから聞いてきたことを大事にコツコツ書き留めたノートがあったんです。
町内の行事や出来事、しきたりなど。ここに住んでいなかったら「だあれも知ることがなかんべな〜」(誰も知らないだろう)みたいな細かい新井町の歴史も書いていました。
これを一度ちゃんとまとめたかったのと、今、自分が残さなかったら「この小さくてかけがえのない、先人からのおくりものは消えてしまうんだんべ」という焦りもありました。

慣れない執筆ストレス?で胃潰瘍にもなりましたがこの本は第12回日本自費出版文化賞入選作品にも選ばれました!

グローバルにローカルをみるという世界観

−−− そらじいの純粋で強い思いが形に!おめでとうございます!!
この思いを支えているものはやっぱり「地域愛」なんですね?

そうですね。バングラデシュを訪問し始めたことでさらに(地域愛が)深まりました。
もっとグローバルな視点でローカル(太田)を見たいという気持ちが強くなり、ローカルであり続けるにはグローバルな実践にアンテナを張っていることが大切だと思ったんです。

−−− そらじいの「地域愛」を支えているのがバングラデシュなのですね!
見ている世界観がいわゆる「先進国」でないところが新鮮です。

あとは、たまたま用事がありイオンに行ったら「世界青年の船参加者募集」のチラシが目に止まって。
「もうこれしかない!」と閃き、締め切り間近だったけど、すぐに応募しました。H22年のことでした。

−−− たまたまだなんて。何かに導かれてますよね!

この参加をきっかけに、『世界は多様であり、愛すべきもの』と思いました。
そして
故郷で農を営みつつ、地球市民としての意識を持ちつつ、地域と結びついた幸せな思い出の種を贈りながら死んでいく
という自分の想いが固まりました。

想いが届き、この6年後のH28年には、環境コースのファシリテーターとして運営サイドで参加させて頂いたんです。
自分でカリキュラムを作成したりと、とても貴重な経験をしました。

−−− そらじいのこれまで体験し感じてきたもの、農だったり、自然だったり、地域愛だったりが、こちらに参加して「環境」というテーマに全て集約された感じですね。

「未来の子供達のために何かしたい」という思いから、この年には保育士試験に合格しました。

ミッションは「文化を伝えていく」こと

−−− なるほど!それが現在の「そらのほし地球塾」や「九合村歴史探検」に繋がっているのですね!
これらの活動を通して子供達に伝えたいことは何でしょうか?

はい。私が活動の軸としている「持続可能性」ということがあります。
例えば石油を始めあらゆる資源供給がなくなってしまっても子供達が飢えない為にとか、子供達に暮らしの知恵を伝えたい。

バングラデシュは、開発が遅れている為、暮らしの中の、シンプルな知恵が溢れているんです。その中に「農」があり「コミュニティー」があり、これからの子供達が生きて行く上でのスタンダードだと思っています。だからいつも通いたいんです。
「老農:そらじい」として「地域の子供たちに伝えていくこと」が私のミッションだと思っています。

−−− 壮大なミッションですね。伝えるためのツールとして「農」や「塾」や「出版」があるという。
ところで「老農:そらじい」の名前の由来は?一体どこから来ているんですか?

いくつかの意味を込めているのですが、一番の元になっているのは「碧」。普通は「あお」と読みますが、空の色という意味から勝手に「そら」と読みます。
この字は亡き新井町の長老のお名前の一部です。そのおじいさんは私とちょうどひとまわり、60歳の年齢差があったのですが、新井町の百姓としての誇りを持っていて、新井の歴史にも精通しており、私にいろいろな昔の話を語り聞かせてくれました。そんなおじいさんになりたい、ということから「碧爺(そらじい)」を名乗りはじめたのでした。

H23年には 2冊目の太田の方言を網羅した本
「“べえ”の遺言 〜ばあちゃんの上州弁思い出アルバムより〜」を自費出版されました。

2冊目は題名の通り「べえ」という言葉が群馬の子供たちに遺言を残すとしたら?という気持ちで書きました。
ばあちゃん達が喋った言葉を、その都度書き留め、調べて、の繰り返し。気の遠くなるような作業でしたが、とてもやりがいがありました。

−−− これも「子供たちに地域文化を伝えていきたい!」という使命感があるからこそですね。

はい!(力強く)
上州弁という「ことば」は私たちのアイデンティティです。だからこそ浪人時代に方言を指定された時に、喋れなくなってしまった。アイデンティティが不安定になったんです。方言は土地の先人が暮らしの中で紡いできた文化。これがあっけなく消滅してしまってはもったいないですからね。
今も進行形でおキクばあちゃんので上州弁を収集してます。
「ん?今、ばあちゃんなんてゆったん?」」という感じで(笑)

ローカルな実践者として生きる

−−− 本当に感服します。
ここまでお話を聞いているとそらじいの規模感と時間軸が壮大すぎて、実際の年齢とかよく分からなくなってきました。
老農だ!爺さんだ!と仰ってますが、素敵な奥様と元気な息子さんがいらっしゃるのが、気になります!
そらじいのプライベートについて少しだけ聞かせてください。

あはは。わかりました。ご縁があり元々農業に興味があった今の奥さんと知り合い、H24年に結婚しました。
現在は夫婦で農園を営んでいます。H26年には待望の7代目「響佑(きょうすけ)」が生まれました。
現在は、家族3人「極力電気を使わない!ゴミを出さない。資源を無駄にしない。」シンプルライフを送りながら、環境に優しい暮らしを模索しています。
電気代は年の半分くらいはワンコイン!奥さんに優しい暮らしかどうかは怪しいですが(笑)

−−− 奥様はそらじいのよき理解者であり一番の支援者ですね。
響佑くんも本当に子供らしい子供というか、良い意味で「いまどき」でないというか。星野家のDNAを受け継ぐ大切な存在ですから、まっすぐに育ってほしいですね。

夫、父親になって何か意識に変化がありましたか?

父になったからというわけではないですが、子供達に何か残したい気持ちは具体的になってきた気がします。
今、一番力を入れているのは「九合歴史探検」事業です。

H25年 地域の子供達に向けた「九合村物語〜77の秘密〜」を共同編集。
→現在活動中の「九合歴史探検」事業の教科書に。

H27年 「浜町今昔散歩〜濱から浜への橋渡し〜」を共同編集。

*いずれも「太田まちづくり1%事業」として編集されました。

「九合村物語」は、九合地区を構成する11区町内会それぞれで7つ、合計77つの史跡や伝統文化等、昔から伝わるエピソードをまとめているんです。
区長さんや大先輩方にご協力いただきながら仲間たちと編集しました。この本をもとに九合地区の方々と協力しながら「九合歴史探検」を展開しています。
H29年までに全11地区での探検が一通りし終了し、次の策を練っているところです。

−−− 素晴らしいプロジェクトですね。まさに、ぐんまHHCが取り組んでいる「街へ出て健康になろう!」というテーマにぴったり。そして「77の秘密」のシンボル名が妙にワクワクします。「夜泣き様」とか「カンカンナイド」とか気になりすぎます。

九合村物語 各地区7つの秘密リスト

面白いですよ。
地域の子供達と一緒に九合村(新井町を含む中央小、九合小、旭小学校の学区)77つのシンボルを巡りながら、九合の歴史や伝統を伝えていくことを目的で行っています。
今は九合地区だけですが、これを太田市内の全学区に広げたいと思っています。

−−− ぜひ!さらに何かアプリとか開発したら、もっと広がりそう。
素晴らしい教育や健康プログラムになるかと思います。太田市中で取り組むべき事業ですね。

はい。私の夢です。
そしてH27年からは「そらのほし地球塾」をスタートしました。この塾は、子供達に昔の人の知恵や工夫、自然の営みを伝えるための学びの場として立ち上げました。

九合77神仏巡り

−−− 「そら塾」のスケジュールも何かと刺激的です。
4月に「ひよこ観察」で8月に「ニワトリの命を頂く」とあったのに衝撃を受けました。

そら塾H28

ひよこ観察からニワトリの・・・に関しては、まさに「食育」の原点です。
ニワトリの首を締めた時に血が飛び散り、子供達の白い靴に鮮やかな赤色が・・・。これは子供達にトラウマになっちゃったかな。

−−− ひえ〜!!(絶叫)

次なるミッションに向けて

−−− これまでどんどん「夢」を具現化されていますが、これからさらに取り組みたいことはありますか?

ありますよー!
1つ目はこの「九合歴史探検」事業を太田市全体で展開すること。
2つ目に「ホースセラピー」農耕馬を飼い田んぼを耕したりして、地域の人たちを癒したいです。

−−− 面白ーい!確かに馬って癒し力高そう!
これもまた私たちのコンセプト「地域の健康づくり」にもリンクします。とても興味があります。

3つ目はライフスタイルとしての「衣」の実践です。祖母に現在、和裁弟子入り中でして、自分で縫った着物だけを着て過ごしたいです。

−−− 「衣・食・住」の「衣」の部分ですね。これでそらじいのライフスタイルがほぼ確立する感じですね!
これからも楽しみです!

是非また夢の続きを聞かせてください。


最後に、太田市の皆さんへメッセージをお願いします。

 

−−− そらじい、ありがとうございました。
これからも地域の文化継承者としてどんどん活躍してください!

*そらじいのメッセージはこちらからお願いいたします。

取材後記:

取材日は少し肌寒い雨の日でした。
星野家敷地内にある昔ながらの趣そのままの納屋、そら庵に伺うと、そらじいは私たちのために火鉢とおキクばあちゃんの煮た黒豆をお茶請けに用意してくださっていました。昭和の時代にタイムトリップしたような懐かしいおもてなし。
全てを許されているような安心感。忙しい日常とは無縁ななたたづまい。
星野氏とはそんな人です。

星野氏の暖かなお人柄を取材することで、多くの人たちの生き方のヒントになるのではと思い、このような特集を組ませて頂きました。
そして彼の活動が、私たちが取り組んでいる「ホリスティック(包括的)健康」との
共通点がたくさんあることにも深く共感し、ぜひ星野氏をご紹介したいと思いました。

例えば自然農の「農薬に頼らず草や虫を敵とせず、畑や土が元気になると社会環境が良くなる」という概念は
、「薬や医療に頼らず病気や菌を敵とせず、人が元気になると社会全体が健康になる」というホリスティック(包括的)医療の概念とよく似ています。


ホリスティックヘルス

「農」と「健康」という分野は違うけれど、私たちの目指す社会は
一緒です。
私たちは単に「自然な作物を食べる」とか「薬に頼らない」という表面的な行為や解釈だけでは、人や社会は根本的に変わらないと思っています。
だから、それぞれのやり方で実践的に伝え続けて行きたいのです。

最後に(余談になりますが。)実は私の生まれ育った家は星野家のすぐ近所。星野家とは隣組です。裏庭には、私の亡祖父、しげるじいちゃんがおキクばあちゃんに贈った「ノウゼンカズラの木」が植わっていて、今でも蔵の上まで育っています。


 

スイカズラの木

 


今回、このような特集を組めたことは決して偶然ではなく、新井町のご先祖様たちの粋な取り計らいなのだと信じています。

これからもコト体験を通して、繋がっていくであろう素敵なご縁を楽しみに、地域の社会的健康づくりを続けて行きたいと思います。

取材日:2017年10月19日
インタビュアー:三田章子(ぐんまHHC)
写真:ぐるっと太田

 

アクセス情報太田市新井町544-5

そらのほし農園そらのほしちきゅう塾は→から入ってください。
右手が「そら庵」(会場)です。